9月

皆様にお詫び申し上げます。

 

 さる6月30日、町の職員が受託収賄容疑で逮捕され、7月21日に起訴されました。
このたびの事件で、町民の皆様に行政に対する不信感を与えてしまったこと、併せて、職員に不安感を与えてしまったことは、町長として極めて遺憾であり、皆様に深くお詫び申し上げます。
おりしも川崎町議会より「職員の倫理規範の確立と不祥事の再発防止を求める意見書」を提出いただき、重く受け止めているところです。
改めて、今回の事件を綱紀粛正の機会としてとらえ、事件に至った課題の抽出と再発防止に取り組み、皆様からの信頼回復を目指し全力を尽くしてまいる覚悟です。引き続きのご指導、ご鞭撻をお願い申し上げ、謝罪の言葉といたします。

 

 若い世代の皆さん ワクチン接種、お済みですか?


今、頼りになるのはワクチン接種です。9月10日まで予約できます。13ページをご覧ください。
多くの人々のご協力により、ワクチン接種事業を進めてきましたが、すべての対象者の2回目の接種を、10月3日に完了する予定です。
8月13日の新聞に、
『東京 感染「制御不能」』とありました。「医療機能不全」「自分で身守る段階」とショッキングな見出しが続き、コロナ禍の1年半で、私たちは最大の危機に直面していると結んでいます。
今、頼りになるのはワクチン接種。接種会場でお持ちしています。

接種会場にて。町長は毎朝現場へ。
企画からチラシ作成、会場づくりまで細かく指示を出します。

7月

高齢者ワクチン、接種率85.3% 接種完了しました!

県内の市町村で2番目

 新型コロナ対策の決め手となるワクチン接種。65歳以上の高齢者の皆様への接種を4月24日の予約受付から約2カ月かけて、6月28日に予定通り終了しました。多くの方々のご理解とご協力をいただき、無事に接種を希望する皆様を受け入れることができました。まずは、ひと安心。次のステージに向けて準備します。

 

① 朝8時30分、福祉センターのロビー。受付30分前から予約した皆様が集まり始めました。この会場で1日あたり120人に接種します。 ② 予約順に名前が呼ばれ、書類のチェック。車いすのままでも、ご夫婦一緒でもOKです。左手に名前の書かれたステッカーが貼られます。
③ 問診は川崎病院の先生が担当。町内では田中医院様・山家医院様でもワクチン接種をしていただきました。
持病を持っている人も安心して相談してください。
④ ワクチン接種は川崎病院のベテラン看護師さんが。
ほとんどの皆さんがほとんど痛くなかったとのこと。
案ずるより打つがやすし、ですね。
⑤ 岡田院長(右)と米庄看護師長。川崎病院の70人のスタッフとともに町民の健康を守るため、本日もファイト。
なお、院長は就任日から注射を打っています。

⑥ 接種後の観察。町長は毎朝現場へ。企画からチラシ作成まで細かく指示を出します。ワクチン接種は今年一番の事業なのですから。

 


(出典:令和3年5月16日 河北新報)

混乱を避けるために

 この数カ月、テレビや新聞はワクチン接種のことで持ちきりです。
 「綱渡り」の国家事業、仙台市のコールセンターに不満噴出、打ち手不足、会場確保できず、先着順に予約電話が殺到、自治体悲鳴!等々。
政府の7月末までの完了要請を受けた県内の市町村では、地域の医療事情などもあり、必ずしも人口の少ない町村から完了する状況には至っておりません。そのような中、川崎町では、混乱を避けるために様々な工夫をしました。

職員が予約受付を

 まず、多くの市町村が電話予約をコールセンターに委託していますが我が町では、保健福祉課の職員が担当、保健師も待機。町民の皆さんのどのような問い合わせや相談にも応じることができました。
 また、予約については、電話が殺到することがないよう、地区割りをしつつ、7台の電話を用意。各ブロックの予約初日の午前中は、やや混雑しましたが、それ以外はスムーズにつながったと好評でした。
 加えて、直接、窓口に来る人も多いので、土日も窓口での受付をしたところです。

聞を見ると

 5月16日の河北新報の記事には、「川崎町は、町が運営している国保川崎病院のスタッフが中心となり、地元の医師の協力も得て、持てる医療資源を集中投下してスピード接種につなげた。また、村田、川崎町より人口が少ない大郷町、大衡村、女川町は7月末や未定となっている。」

接種率は85%

 今回のワクチン接種、川崎町の高齢者は3362人。接種された方は2870人、接種率は85・3%。ちなみに昨年12月、町が助成して県内の市町村で最も軽い負担で受けることができたインフルエンザ予防接種の接種率は、54%でした。

感謝と御礼、そして

 改めて、今回のワクチン接種事業、多くの方々のご理解とご尽力をいただき、無事に完了することができました。すべての関係者の皆様に感謝と御礼を申し上げます。
 そして、次のステージに向けて、職員とともにしっかりと準備をしてまいります。ご指導よしなに。

6月

県内の市町村で2番目に完了

 

 コロナ対策の決め手となるワクチン接種。65歳以上の高齢者の皆さんの1回目の接種が6月2日に完了。2回目は6月末に完了する予定です。山家・田中医院さまをはじめ、川崎病院のスタッフを中心に持てる医療資源を集中し、県内35市町村で2番目に完了する予定です。
さて、川崎町では総事業費、1億6,145万円となるコロナ対策の第3弾に着手。国からの助成金1億1,532万円を基に、21の政策を準備中。主なものを紹介します。
特に注目していただきたいのは、町民の皆さん全員に1人あたり7,000円分の商品券を配布することです。昨年は1世帯につき1万円でしたが、コロナ禍が1年以上続き、すべての家庭の経済政策として増額しました。商品券配布に6,470万円、今回のコロナ対策の40%の予算を占め、地元の商店や事業者を支援するものでもあります。
次に大きな予算をつけたのは、これも昨年に続く事業者支援の政策です。また、老朽化している給食調理場の内装に手を加え装備も新品に。ところで、ふるさと納税の額は着実に伸びていますが、さらなる増額を目指しての「にぎわい創出事業」も重要です。もちろん、これらの事業とともに川崎病院の院内感染対策や避難所の環境整備にも目を向けねば。
改めて、今私たちは経験したことのない状況の中にあります。正直なところ、誰もが現在、何が起きているのか分からないのかも知れません。分からないから何をすべきかも見えない。すべての人々が、そのもどかしさの中で苦しんだり、いらだったりしているのではないでしょうか。ただ一つ言えることは、私たちは、お互いを思いやり助け合って生活しなければ、この状況を乗り越えてゆけないということです。

5月

いよいよコロナの高齢者向け予防接種が始まります!

 

65歳以上の皆さんに封筒を送りました。
必ず、中の説明書を見てけさい。
そこから、始まります。

写真は昨年12月、インフルエンザの予防接種を受ける町長。町民の接種率は54%でした。ちなみに、町長は63歳のため今回の通知はありません。

 

コロナの予防接種を

 高齢者(65歳以上)がコロナに感染すると、重症化しやすく、特にたばこを吸う男性は注意すべきだと言われています。
川崎町民は8535人。そのうち、高齢者は3363人、全体の39%にあたります。今回、高齢者の皆さんに封筒を送付いたしました。

大切なお知らせ

 封筒の中には、コロナワクチンを受けるための大切なお知らせが入っています。読んで意味が分からない場合は、区長さんや近くの健康推進員さん、役場の職員に遠慮なく聞いてください。
また、担当の川崎町保健福祉課の健康推進係に電話してください。詳しくは、広報の2・3ページを。

宮城県が最も深刻

 宮城県は3月18日、独自の緊急事態宣言を出し、25日には仙台市内の飲食店に午後9時までの営業時短を要請しましたが、県内の1日あたりの新規感染者数が31日に200人に達し、過去最多を更新。この時点で10万人あたりの療養者数や新規感染者数は、全国で宮城県が最も深刻な状況となってしまいました。

今年、1番の目標は

 4月1日、私は年度始め、職員に「今年、1番の課題は、コロナワクチン接種をしっかりと実行すること。町民の皆さんの健康と安心を守るため、まず、ここにいる我々、一人ひとりが自分の健康を守ること。一人ひとりが努力し協力していかなければ、コロナ禍を乗り切っていくことはできません。町民のため、家族のため、自分のために、今年度も、ここで、みんなで頑張ってまいりましょう!」と呼び掛けました。

高齢者向けのワクチン

 思えば、1月18日の菅首相の施政方針演説は『2月下旬までにはワクチン接種を開始できるよう準備する』でした。直後、ここが勝負どころと河野行革相をワクチン担当相に任命し、かろうじて医療従事者の接種を2月17日からスタートさせたものの、3月末現在、全医療従事者470万人の18%しか接種できず、すべての従事者が終えるのは早くとも6月頃と見られているのです。
さて、接種の第2陣、3600万人を数える65歳以上の高齢者向けのワクチン接種。河野担当相が発信する情報に、各市町村は計画を慎重に慎重に進めているところです。

しっかりと確実な情報を

 皆さんご存知のように、政府のワクチン接種の方針変更が相次ぐ中、私たちは、町民にしっかりとした見通しを示していかねばなりません。
確実な情報を分かりやすく伝えていかねばなりません。が、ワクチンを受けることに不安がある方々も少なくないようです。

ワクチンへの反発

 突然ですが、漫画家の手塚治虫。彼の曾祖父にあたる手塚良仙は、幕末から明治の初めを生きた蘭方医(医者)でした。大阪の緒方洪庵の適塾で学び、仲間とともに江戸で種痘所を設立。のちの東大医学部です。
良仙の時代、オランダから伝わった医学は迫害や偏見にさらされました。有力な漢方医たちが、彼らを抑圧。天然痘のワクチン、種痘にも人々は「牛になる」と反発しました。その苦闘ぶりは、漫画『陽だまりの樹』に詳しく表現されています。

1981年から5年半に渡って連載された歴史漫画「陽だまりの樹」。手作品の中でも緻密な取材と資料によって重厚に作劇されている。主人公の1人、手良仙は融通が利き、人付き合いが良い性格。悪く言えば女好きで遊び好きでお調子者の蘭方医なのだが…。

 

ワクチン開発の歩み

 ワクチンとはラテン語の「雌牛」の意味。18世紀末にイギリス医師のジェンナーは牛痘を人に接種することで天然痘が予防できることを発見。その後、近代細菌学の祖とされるフランスのパスツールが体に免疫を作らせる物質を「ワクチン」と呼ぶようになったのです。
感染症の歴史は、人類がその拡大を科学の力によって防ごうとしたワクチン開発の歩みにも重なりますし、国内でコロナワクチンを製造できない日本の現状に、多くの国民が落胆していることも事実です。

ワクチンの争奪戦

 感染抑制の切り札とされているワクチン接種。良仙が苦労した時代に比べ、今や医学も病気に対する意識も大きく変わりましたが、世界中がコロナの中、その供給をめぐり、各国の争奪戦や格差がうきぼりになっていることも忘れてはなりません。

まず、町民の皆さんに

 さて、いよいよ、5月10日からワクチン接種が始まります。封筒の中の説明書を読んでください。電話での予約をしてください。分からない時は、遠慮せず聞いてください。
「科学に国境はない」
パスツールの言葉です。世界中の人々にワクチンが行き渡ることを念じながら、まず、町民の皆さんに。

 

4月

いい働きぶり 男ぶり女ぶり 楽しみな早苗(さな)ぶり

 

昭和32年6月。前川の人々。馬や牛を使うこともあったが、農作業の大半は、人手がたより。一段落すればごちそう作って早苗ぶり4 4 4 4 。惜しみなく働き、惜しみなく汗を流し、惜しみなく愛する。子供たちがどんどん生まれ前川分校は、翌年、1教室を増築し4教室となるも、5・6年生は以後、32年間、本校に通うことに。分校には「へんじ・あいさつ・あとしまつ」の目標があった。前川の人々は明るく、働き者。そして、老いも若きも足が速い。本校での年に一度の運動会ではだいだい色の鉢巻をしめた前川チームは無敵で、特に女子はずばぬけていたという。
ちなみに私は、この写真が撮られた2カ月後のお盆に生まれた。

 

前川の大地と大空の中で


前川小学校は、今から139年前、前川字中西(現在の観音堂)の地に分教場として開設され、以後、2度の移転を経ながら分校、独立と変遷してきました。
この間、多くの子供たちが、前川の大地と大空の中で、知恵をつけ体力をつけてきたのです。また、地域の人々も学び舎に集い、子供たちを見守り支え続けてくれました。
このことは、子供たちに寄り添ってきた先生方と地域の人々の協力の歴史でもあります。
しかしながら、全国的に広がっている少子化の波は、川崎町においても例外ではなく、前川小学校も年々児童数が減少しており、今年度をもって学校を閉じる決断を致しました。

未来ある子供たちのため


長い間、子供たちの元気な声が弾んだ学校、故郷の中心となってきた学校、人々の心の支えとなってきた学校。思い出深い学校を閉じることは地域の皆様にとって、卒業生の方々にとって、とても、辛く、悲しいことではありましょうが、未来ある子供たちのため、ご理解いただきましたことに、心より感謝と御礼を申し上げます。
4月より、前川の子供たちは「川崎小学校」の名のもとに、新しい仲間たちと共に大きな一歩を踏み出すことになります。
時あたかも、コロナの時代。学校を閉じるにあたり、子供たちや保護者の方々、地域の皆様方が望んでいたであろう行事を大々的に開催できなかったこと、本日の閉校式も、限られた人の参加でしか開催できなかったことに残念さもにじみますが、人を大切にする心、人の思いを感じる心、人の為に尽くす心は、前川の子供たちの胸にしっかりと根付き芽吹いています。
やがて、その優しく強い心は、子供たちの未来に大きな花を咲かせ豊かな実を結ぶことでありましょう。そして、この国を、この町を、私たちを導いていくことになります。
最後になりますが、前川地区を支え、前川の学び舎を支えてきた、多くの先輩方、多くの先生方、そして本日、ここに集まってくださった全ての方々にお礼の気持ちを込めて式辞と致します。

令和3年2月27日 前川小学校閉校式にて


中西の観音堂から現在、㈱T・K・Kの工場がある大向に校舎が移ったのは95年前の大正15年3月。1~3年で1教室、4~6年生で1教室に職員室と教員住宅が完成。その後、昭和23年に1教室が増築され3学級複式となる。写真は昭和28年、元気よく学校植林の作業に出発する子供たちと先生方。山も木も財産そのものの時代である。
満開の桜の大木の下で走り回る子供たち。白い2階建ての校舎は昭和46年2月に完成。平成2年3月閉校。19年間使用された。 伝説のだいだい色の鉢巻
PTA地区対抗リレーで優勝。
オリンピック選手みたい。昭和34年9月
川崎小学校には多くの分校があり、運動会は、分校の子も地区民も集まる。地区対抗リレー、これはすごかった。応援もおどげでねぇ。
コースに飛び出すおばあちゃんたち
「ほれ、がんばれ!がんばれ!」
校舎の前で 昭和52年

 

写真提供:川崎町立川崎小学校前川分校
閉校記念誌 ももとせ 平成2年2月発行より

3月

誕生日ってなんだろう?

 

「私は息子を抱いたまま、動けませんでした。…母親は命を懸けて出産に臨みます。赤ちゃんも命を懸けて生まれてくるのです。誕生日は、お母さんが命を懸けて皆さんを生んだ日です…」
町長のスピーチに涙を拭いたり目を閉じる新成人も…。
1月10日 午前10時25分頃 B&G海洋センター

 

本日は、私が町長に就任して初めての成人式での祝辞を紹介します。
町長、目をつぶりフーッと一息つく
やがて、目を開けてから…。

1カ月健診


 成人した皆さんの中に、私の息子もいます。20年前の1月に生まれました。息子が生まれて1カ月、赤ちゃんの1カ月健診があるとのことで妻と仙台の病院へ行くことに。
廊下で順番を待っていますと、40なかばの男性が赤ちゃんを抱いて看護婦さんと何やらヒソヒソと話をしているではありませんか。
(ははぁ~ん。あの色男、若い彼女との間に赤ちゃんができたな。)
そう思った私は、あとから看護婦さんに何気なく聞いてみました。すると返ってきた答えは、驚くべきものでした。
「1カ月前、あの方
かた)の娘さんが出産されたのですが、それはそれは難産で大変でした。結局、娘さんは亡くなり、残された赤ちゃんは、あの方と奥様が育てています。20歳になるまで育てなくてはと。そして、育てあげるためには、これから20年、夫婦とも健康で仲良く生きなければならない。孫娘のためにも。そう2人で誓い合ったそうです。」
(なんということだ。申し訳ないことを考えてしまった。)私は、息子を抱いたまま動けませんでした。

命を懸けて


いつの時代も、医学の進んだ現代でも母親は命を懸けて出産に臨みます。赤ちゃんも命を懸けて生まれてくるのです。誕生日は、お母さんが命を懸けて皆さんを生んだ日です。
あの日、私の息子とともに1カ月健診を受けたあの女の赤ちゃん。あの娘(こ)も、今年、どこかの会場で成人式に出席しているはずです。
皆さんと同じように、綺麗な着物を身に着けて…。

ありがとうの一言を


私たちは、この世に生まれてきました。人生はただ一度。一人ひとりが最善を尽くし、豊かな人生を歩んでくださることを願っております。
改めて、皆さん、心から成人おめでとうございます。
そして、家に帰ったら、今日まで育ててくれた家族に、綺麗な着物や素晴らしいスーツを用意してくれた家族に、「ありがとう」の一言を。

 

2月

のび太の教え 人に優しくしないと後悔する。

 


赤いくつの女の子


のび太が幼稚園児だった頃、隣に女の子が住んでいました。2人は大の仲良しで、毎日一緒に遊んでいました。「ままごとしかできないのび太!のび太はあの子が大すきだもんなぁ」とジャイアンとスネ夫にからかわれたのび太は、顔を真っ赤にして反論します。
「うそだぁ。あんなの大きらいだ」すると2人から、だったら、あの子をいじめてみせろと言われます。そして、のび太は女の子とままごとをしているとき、テーブルの上のお皿やカップを「ガチャ ガチャ」とひっかきまわして、女の子をいじめてしまったのです。しかものび太は、ジャイアンやスネ夫に言われるまま、女の子のお気に入りの赤いくつまで持ってきてしまい…。


てんとう虫コミックス 第6巻
1975年1月1日 初版
2019年12月28日 第211刷発行 429円(税別)

 

 のび太はどうしたの?


このあと、のび太はうつろな気分で過ごしました。次の日から女の子は、病気になって外へ出てこなくなりました。一週間ほどして、のび太はママから、女の子の一家が引っ越したことを知らされました。
「なぜあんなことをしてしまったんだろう」
初恋の人であった女の子を、しみじみ想い出すのび太なのでした。
あああああzzzzああ
ドラえもん 第6巻 第10話「赤いくつの女の子」


 私もあなたも、実はのび太?


「ドラえもん」は日本が活気に満ちていた51年前に誕生したマンガ。登場人物は、どこにでもいそうな感じがしますが、あなたは、その中で誰に一番近いと感じていますか?
おそらく「のび太」ではないでしょうか。あなたも女の子をいじめてしまったのび太の経験はありませんか。私にはあります。相手を傷つけることをしておいて、「その気になればいつでも謝れる」と思っていたら、謝るチャンスはなく、後悔だけが残ってしまう。
こういうことがあるから、普段から人とは仲良く、優しく接しておきたいものです。
私たちは、いつどこで、どんな災害に巻き込まれるかわかりません。今、私たちは、いつどこでコロナに感染してしまうかわかりません。
健康でいることのありがたさを忘れてしまったり、コロナに感染した人を差別したり中傷したりしてはいないでしょうか。

  感染した人々を思いやる


このたび川崎町では、コロナ感染者への差別や偏見をなくそうと呼びかける条例を制定しました。
コロナ禍で閉鎖された都市・武漢の作家、方ファン方ファン氏は「国の文明度を測る基準とは何か」としてこう述べています。
「高いビルがあるかでも、強力な武器やハイテクがあるかでもない。唯一の基準は弱者にどういう態度を取るかだ」と。
私たちは、コロナに感染した人々を思いやり、コロナ禍をともにのりきるべく努力していこうではありませんか。互いに助け合い、支え合ってゆくしか、困難をのりこえるすべはないのです。人は、1人では生きてゆけないのですから…。

 

「のび太」が教えてくれたこと
横山泰行 ㈱アスコム 1,200円(税別)
著者は富山大学名誉教授。大学の入試問題にも使われた「ドラえもん」を分析。のび太の教えとして生きるヒントを学びます。10年前に発行され、シリーズは40万部を突破!!

 

1月

地平線を見据えて ともにコロナを乗り越える

 

始まりは小さなニュース、去年の今頃…。
「中国・武漢 原因不明の肺炎」目立つ扱いではなく、多くの人々は見落としていました。それが、驚くほどの速さで世界へ拡大。全てがコロナに押し流された1年になっていました。
常長まつりやレイクサイドマラソン大会、そして青根温泉感謝祭も中止。感染者、死者も日増しに増加。医療現場は逼迫し、飲食業、観光業、接待業、どんな業界、どんな立場の人であっても、もれなく心身共に疲弊しています。
川崎町は、この1年、コロナに対応すべく、3億9,300万円で46の政策を実施してきましたが、これまで通りに商売が続けられるのか、収入がどのように減るのか、多くの町民の皆さんが、見通しが立たず不安に駆られていることも痛感しております。

一方、この国の借金財政は、もとより世界最悪の水準でした。この1年の巨額の経済対策でそれがさらに悪化するのは誰の目にも明らかです。そのような中、全国1,718の市町村のうち、9割近くが今後の財政悪化を見込んでいます。感染防止対策や冷え込んだ地域経済の活性化を進めるための財政負担に加え、住民の方々から税金をいただくことができるだろうか、という懸念があるからです。
また、公立病院の経営悪化も市町村の財政を圧迫しています。一昨年の9月、厚労省は全国1,455の公的病院のうち、424の病院に再編・統合の議論が必要と公表。幸い、川崎病院はリストに載りませんでしたが、宮城県内でも蔵王町や丸森町など19の病院名が…。そこに今回のコロナ。多くの人々が病院内で感染することを恐れて受診を控えることに。コロナは全ての病院の経営に悪影響を及ぼしていることは言うまでもありません。

 

 「大事なのは感染防止」と「収入が途絶えれば生きていけない」命と暮らし。私たちは、大切なものを天秤にかけるような問題を突き付けられています。私も1カ月前、公務で飛び回っている中で、濃厚接触者となり、町民の皆様にご心配をおかけいたしましたこと、心よりお詫び申し上げるとともに、人と人とを引き離し、人を分断させるコロナの恐ろしさに身もだえしたところです。

 

 これまで、多くの先輩たちが、町づくりの先頭に立ちました。繁栄の時があれば、暗雲の立ち込める時も…。しかし、どのような時も、この町が持ちこたえられたのは、指導者の見識や力量だけで
なく、人々の努力と忍耐があったからなのです。
先人たちは、子供たちのため、家族のため、苦難をしのいでは立ち上がり、気力を振り絞っては、地平線を見据えました。
彼らの価値観は、正直、勤勉、勇気。そして、寛容の中にありました。それは、これからも変わるものではないでしょう。このコロナの中にあっても…。
いつの時代も試練があります。だからこそ、私たちは皆様から与えられた信頼に感謝し、目の前にある課題に対応してまいります。限りのある財源と許された職員の力をもって、町民の皆様とともに
協力し合ってコロナ禍を乗り越えていけると確信しております。